陸の幸と海の幸・・・ずいき祭@京都・北野天満宮、みあれ祭@福岡・宗像大社

今日から10月ですね。いよいよ稔りの秋が本格化する時期ですが、10月に執り行われる京都の祭では22日の鞍馬の火祭がとりわけ有名ですが(しとらすにとっての時代祭は明治から始まった単なる仮装行列という意味合いしかありませんので)、秋らしい行事として北野天満宮での瑞饋祭(ずいき祭)もよく知られた中に入るでしょう。
北野天満宮 http://www.kitanotenmangu.or.jp/
[天満宮ニュースから“ずいき祭”をクリックすると祭の由緒が見れます]
数ある京都の秋祭りの先陣を切って10月1日から4日間にわたって行われる一種の収穫祭ですが、「ずいき神輿」といって里芋の茎で屋根を葺いて(‘ずいき’の名の由来はここから)、色とりどりの野菜や乾物などで飾り付けをした御神輿が登場するのが大きな特色になってます。今日が神幸祭で4日が還幸祭なのですが、午後からの行列では上七軒も通りますので、時間に合わせて上七軒の芸舞妓さんたちも店の前で見物したりします。行列も注目ですがこっちも注目だったりして(笑)。

ところで、秋の祭というと時期的に農業関連のものが多いでしょうが、たまたまネットで「みあれ祭」というのを見つけました。宗像大社の秋季大祭で10月1日に海上安全と豊漁を祈願する祭礼だそうですが、写真で見てもかなり大規模な海上神幸のようですね。
宗像大社 http://www.munakata-taisha.or.jp/

宗像三女神のうち九州本土の辺津宮に祀られている市杵島姫神(いちきしまひめ) が、沖ノ島・沖津宮の田心姫神(たごりひめ)と筑前大島・中津宮の湍津姫神(たぎつひめ)を迎えて一堂に会するのだそうですが、いわば三姉妹の末の妹が姉2人を迎えに行くような感じでしょうか。
地理的にも日本列島と朝鮮半島・中国大陸を結ぶ古代からの海上交通の要所の1つにあたり、宗像大社の歴史も一説に天孫降臨以前と言い伝えられるほど古いようですが、現代でも女人禁制の沖ノ島では実際戦後何回かの調査によりわずか周囲4kmの島内に12万点に上る貴重な神宝が発掘され「海の正倉院」とまで呼ばれています。最近ではユネスコの世界遺産への登録を目指す動きもあるようです。それほど歴史の積み重ねを誇る神社での海の祭は、日本が列島の国家であることを考えると、実はもっとも日本らしい祭なのかもしれませんね。
海との繋がりで国の根幹にかかわるという意味では(儀式の内容は異なりますが)ヴェネツィアの祭「海との結婚」を思い出しました。「海よ、ヴェネツィアは汝と結婚せり」・・・かつてはヴェネツィア共和国のドージェ(国家元首)がそう詠唱してブチェンタウロ(ドージェの公用ガレー船)からアドリア海に指輪を投げ入れたんでしたっけ・・・。「みあれ祭」も「海との結婚」もどちらもぜひ1度は見てみたいですね。

それにしても、沖ノ島って結構遠い↓


北野天満宮「ずいき祭」始まる 神幸祭で行列練り歩く
【京都新聞 2009年10月1日】

 秋の収穫に感謝し、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る北野天満宮(京都市上京区)の「ずいき祭」が1日、始まった。 この日は神幸祭があり、秋晴れの下、鳳輦(ほうれん)や鉾などの行列が中京区西ノ京の御旅所までの約4キロを練り歩いた。
 室町時代から続くとされ、西ノ京に住んでいた天満宮の神人(じにん)が、収穫した作物に草花を飾り、天神に供えたのが起源という。
 御旅所には、地元で栽培されたズイキや赤ナスなどで作られた2基の「ずいきみこし」が組み立てられ、見物客らの注目を集めていた。みこしは4日、地元町内を練り歩く。ずいき祭は5日まで。
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〔※写真:「ずいき祭」の神幸祭で練り歩く行列(京都市上京区・北野天満宮)〕

豊漁祈り漁船300隻が疾走 福岡県宗像市の「みあれ祭」
【西日本新聞 2009年10月1日】

 年に1度そろう宗像大社の3女神に、豊漁や海上の安全を祈る「みあれ祭」が1日、福岡県宗像市であり、漁船約300隻(宗像大社発表)が大漁旗やのぼりをはためかせ、勇壮に玄界灘を疾走した。
 宗像大社は同市田島の辺津宮と沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮の総称。約800年前から続くという秋季大祭の幕開けを告げる神事で、沖合の2島に祭られている女神を辺津宮の女神が迎える。
 雲の多い天気だったが薄日が差す中、合流した沖津宮と中津宮の女神のご神体を乗せた「御座船」2隻が漁船団に囲まれ、大島を出港。波しぶきを上げて、対岸の神湊港までの約10キロを1時間かけ、パレードした。
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〔※写真:豊漁や海上の安全を祈る「みあれ祭」で、玄界灘をパレードする漁船団=1日、福岡県宗像市沖で共同通信社ヘリから〕


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