今日から7月、京都の文月は祇園祭!!!!!!! お千度の儀、山鉾各町が吉符入り

月も改まってカレンダーは7月。京都は今日1日の幕開けから月末の31日までず〜っと祇園祭です。

さっそく八坂神社で「お千度の儀」が執り行われ、山鉾各町も吉符入りしました。今年の長刀鉾のお稚児さんは創作京染呉服製造を営む内と良(ないとりょう)[http://www.naitoryo.com/]の内藤弘之社長の長男、内藤颯大くん。父親の内藤社長も44年前に稚児を務めていたそうで、17日までいろいろと大変でしょうけど頑張ってほしいですね。

17日の前祭巡行と24日の後祭巡行をゆっくり観るための有料観覧席はこちら
京都市観光協会|祇園祭 有料観覧席のご案内http://www.kyokanko.or.jp/gion/kanran.html

また、更には、大船鉾が昨年に150ぶりに復興して山鉾巡行に参加したことに触発されてか、他の休み山でも復活の動きがあるようで、こちらもぜひ成就するといいですね(そのために税金投入するならナンボでもエエよ・笑)。

 

朱の傘と稚児、雨に映え 祇園祭お千度の儀【京都新聞 2015年7月1日】

 日本三大祭りの一つ、祇園祭が1日、幕を開けた。京都市東山区の八坂神社では、前祭(さきまつり)の山鉾巡行で先頭を進む長刀鉾の稚児が、祭りの無事を祈願する「お千度の儀」に臨んだ。

 午前9時50分、「涼(すず)み衣装」を身に着けた稚児の内藤颯大(そうだい)君(9)が、補佐役の禿(かむろ)を務める山代惇史(あつふみ)君(8)、原一徳(かずのり)君(6)とともに南楼門をくぐった。本殿に進み、稚児を務めることを神に報告。どしゃ降りの雨の中、朱色の傘を差し掛けられて本殿を3周した。

 祇園祭は八坂神社の祭礼で、1カ月間、さまざまな神事や行事が繰り広げられる。

 1日は多くの山鉾町で神事始めの儀式「吉符入り」が行われ、夜には函谷(かんこ)鉾や菊水鉾などで「二階囃子(ばやし)」が始まり、コンチキチンの音がかいわいに響く。

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〔※写真:雨の中、「お千度の儀」で境内を歩く長刀鉾の稚児(1日午前10時45分、京都市東山区・八坂神社)〕

 

祇園祭の無事と盛り上がり祈る 山鉾各町が吉符入り【京都新聞 2015年7月1日】

 祇園祭が1日、幕を開け、京都市中心部にある山鉾町の多くで神事始めの儀式「吉符入り」が行われた。各町会所では、保存会の役員らが祭壇の前で神事に臨み、気持ちを引き締めた。

 中京区室町通三条下ルの黒主山ホールでは、午前10時半から吉符入りが行われた。参列者らは、黒主山のご神体の面や「八坂皇大神」の掛け軸が飾られた祭壇に向かってかしわ手を打った後、お神酒や御洗米を口に付けて祭りの無事を祈った。

 黒主山保存会の清水優代表理事(62)は「昨年は後祭(あとまつり)巡行の復活で注目されたが、今年も大勢の人に見に来ていただき、さらに盛り上がってくれたら」と期待していた。

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〔※写真:「吉符入り」の儀式で祭壇の前に並ぶ黒主山保存会の役員ら(京都市中京区室町通三条下ル・黒主山ホール)〕

 

長刀鉾稚児に内藤君、禿は山代君と原君 祇園祭【京都新聞 2015年6月3日】

 祇園祭の前祭(さきまつり)の山鉾巡行(7月17日)で先頭を進む長刀鉾に乗る今年の稚児と禿(かむろ)が決まり、3日に長刀鉾保存会(京都市下京区)が発表した。

 稚児は、左京区の松ケ崎小4年内藤颯大(そうだい)君(9)=染め呉服製造卸会社社長内藤弘之さん(55)の長男。弘之さんも1971年に稚児を務めた。

 稚児を補佐する禿は、北区の同志社小2年山代惇史(あつふみ)君(8)=印刷会社社長山代晃義さん(41)の次男=と、長岡京市のノートルダム学院小1年原一徳(かずのり)君(6)=飲食会社専務原匡史さん(46)の長男=が務める。

 稚児の颯大君は、「巡行を頑張りたい。注連縄(しめなわ)切りを見てかっこいいと思っていた」と話した。元稚児の弘之さんは「周囲に支えてもらい、体調を管理してほしい」とアドバイスしたという。2013年に兄悠史(ゆうし)君が禿を務めた山代君は「お兄ちゃんがかっこよかった。やってみたかった」と話し、原君は「初めてのことですが、頑張りたいと思います」と意気込んだ。

 稚児と禿は、お千度の儀(7月1日)や社参の儀(同13日)を経て、17日の巡行に臨む。

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〔※写真:長刀鉾の稚児に選ばれ、意気込んでポーズをとる内藤颯大君(中央)と、禿を務める山代惇史君(右)、原一徳君=3日午後3時15分、京都市下京区・長刀鉾保存会〕

 

京都・祇園祭、稚児役決まる 染め呉服会社長の長男ら【朝日新聞 2015年6月3日】

 7月に催される日本三大祭りの一つ、京都・祇園祭の山鉾(やまほこ)巡行で、先頭を進む長刀(なぎなた)鉾に乗る「稚児(ちご)」と、補佐役の「禿(かむろ)」が決まった。長刀鉾保存会(京都市下京区)が3日発表した。

 稚児に選ばれたのは、京都市立松ケ崎小学校4年の内藤颯大(そうだい)君(9)。染め呉服製造会社「内(ない)と良(りょう)」社長の弘之さん(55)の長男。弘之さんも1971年に稚児を務めた。颯大君は「稚児は小さい頃から、やりたいなと思っていたのでうれしい」と話した。前祭(さきまつり)の巡行(7月17日)で長刀鉾に乗り、出発を告げる「しめ縄切り」の大役を担う。

 禿は、同志社小2年の山代惇史(あつふみ)君(8)、ノートルダム学院小1年の原一徳君(6)の2人。山代君の兄悠史(ゆうし)君(11)も2013年に務めた。

 かつては多くの山鉾に稚児役の少年が乗っていたが、現在は人形を乗せている。「生(いき)稚児」を乗せるのは長刀鉾だけだ。3人は7月1日、八坂神社(東山区)の「お千度の儀」で祭りの無事を願う。(佐藤剛志)

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〔※写真:祇園祭長刀鉾の稚児に決まった内藤颯大(そうだい)君=3日午後、京都市下京区の長刀鉾保存会、戸村登撮影〕

 

祇園祭「鷹山」、200年ぶり復活目指す 京都、保存会が発足【京都新聞 2015年6月1日】

 祇園祭の休み山の一つ、鷹山の復活を目指す一般財団法人「鷹山保存会」(京都市中京区三条通室町西入ル)が、このほど設立された。鷹山復興を目的とした初めての組織。鷹山が最後に巡行に参加してから200年となる2026年までの復興を目指す。

 鷹山は後祭の曳山(ひきやま)だったが、1826(文政9)年の大雨で懸装品が損傷、その翌年から巡行に参加できず、ご神体などを飾る会所飾りのみ続けてきた。

 近年の後祭復活や大船鉾復興の動きに触発された地元有志が、2012年に「鷹山の歴史と未来を語る会」を結成。14年に囃子(はやし)を復活させた。

 今年5月、「語る会」を一歩進めて「鷹山保存会」を設立。会所飾りを担当している地元任意団体「衣棚(ころもだな)町鷹山保存会」からご神体人形などを譲り受け、山の復興を本格化させた。今後は「鷹山保存会」が山の復興や囃子の実施、寄付の受け付けを担当する。

 31日、関係者が東山区の八坂神社を参拝し、本殿を3周する「お千度参り」をした。また、中京区の旧明倫幼稚園では、衣棚町の住民約50人を招き、鷹山の復興を祈る囃子を奏でた。山田純司理事長(60)は「まだ最初の一歩。公益財団法人移行など今後も復興への準備を整えたい」と話した。

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〔※写真:地元住民を招き祇園囃子を披露する鷹山保存会の囃子方たち(京都市中京区・旧明倫幼稚園)〕

 

長刀鉾町%%http://maps.google.co.jp/maps?q=35.003813,135.760431+(%E9%95%B7%E5%88%80%E9%89%BE%E7%94%BA)&hl=ja&ie=UTF8&z=15%%35.003813%%135.760431%%15